自分はこれまで、食品業界の現場で約20年間がむしゃらに働いてきました。
しかし、長年の無理がたたり、少しずつ体力的にもメンタル的にも疲労が蓄積し、抑うつ状態になってしまいました。
トリガー(きっかけ)となったのは、自分がずっと所属したかった念願の部署への配属が決まったことです。
「早く成果を出したい、仕事ができるようになりたい」
このように考え、体の疲れを感じながらも、毎日のように朝8時から夜9時まで、必死に働き続けていました。
そんなある日、上司から、提出した資料に対して激しいダメ出しを受けました。
その瞬間に、張り詰めていた緊張の糸が一気に切れてしまったのです。
仕事の帰り道、急に激しい動悸や頭痛、めまいに襲われました。
次の日もなんとか仕事には向かったものの、どうしても耐えきれずに早退。
体調は回復せず、そのまま休職生活に入ることになりました。
自宅での休職生活と子どもたちが教えてくれた価値

休職に入り、平日の昼間に、小学生の子どもと一緒に公園へいく機会がありました。
公園で元気に遊び回る息子の姿をじっと見つめているとき、「最近、こんな風に子どもたちとゆっくり過ごす時間が、まったくなかったんだな」と強く実感したのです。
これまでは、たとえ家族の誰かとどこかへ出かけたとしても、頭のどこかで、それを「片付けるべきタスク(仕事)」のように捉えてしまっていました。
心からその瞬間を楽しめていなかった自分に、深く気づかされます。
いつも家に自分がいることを、子どもたちは本当に喜んでくれている。
仕事ばかりを優先して、家庭を後回しにしていた過去を、見つめ直すきっかけになりました。
心が沈んでも、体を整える習慣が土台になった
心は大きなダメージを負って、どん底でした。
それでも、ひとつだけ、過去の自分に助けられたことがあります。
普段から、体を動かしたり、食事や睡眠をなるべく整えたりする習慣があったこと。
おかげで、心がどれだけ傷ついていても、体力だけはなんとか残っていました。
体を整える習慣が前を向くためのわずかなエネルギーになったのだと思います。
組織になじみきれない自分と、これからの生き方
休職生活の中で、自分自身とじっくり向き合っています。
もともと、自分は会社という組織の理不尽な仕組みや、団体行動に馴染めない性質があることを、自覚していました。
だからこそ、40代になった今、これからの人生でどういう仕事をしていきたいのかを、静かに考えています。
「このままで、本当にいいのだろうか」「自分が本当に望んだ仕事の仕方が、今の会社でできているだろうか」と、静かな部屋で何度も自分に問いかけています。
残された人生で本当にやりたいことは何か、頭の中にある想いを整理してみました。
そこで見えてきたのは、会社という一つの場所だけに頼りすぎない働き方を、すこしずつさがしていきたい、という方向でした。
振り返ると、仕事の現場にいたときでさえ、頭の片隅で「自分のための時間がほしい」と考えている自分がいました。
私生活も仕事も、すべてを完璧に抱え込もうとするあまり、頭の中がキャパシティ(容量)を越えて焦っていたのだと、今なら少し冷静に振り返れます。
休職期間を、AIを学びなおす時間に変える
休職期間がしばらく過ぎ、心と体に少しずつ余裕が戻ってきてから、これからのことを、少しずつ考え始めました。
これまでの職場で、自分は少しだけ、AIというツールを業務に取り入れかけていました。
その経験から、AIには、一人の働き方を大きく変えてくれる力があると感じています。
なぜ40代からAIを学ぶべきなのか?組織に依存しない個の盾を磨く理由でも書いた通り、会社だけに頼らず、自分の身を自分で守れるようにしておきたいと思っています。
自分はこの休職期間を、ただ消費するのではなく、AIの仕組みや自動化システム(Makeなど)を、自分なりに使いこなすための、じっくり学ぶ時間に変えました。
調子のいい日に、少しずつパソコンに向かっています。
まとめ:会社という一つの場所だけに、頼りすぎない生き方へ
今回の休職を、マイナスな出来事だとは思っていません。
人生の後半を、すこし違う形にしていくための区切りなのかな、と感じています。
まずは、すり減った心と体を、ゆっくり休ませる。
そのうえで、できる日に、できることを少しずつ。
これからの方向だけは、自分の中で見えてきました。
会社という一つの場所だけに頼りすぎず、自分のペースで生きる道を、さがしていくこと。
そのために、いまはAIや自動化の勉強を、無理のない範囲で続けています。
いつまでに何を、と細かく決めているわけではありません。
回復のペースは、人それぞれです。
しんどい日は無理をせず、つらさが続くときは、主治医に相談を。
ここから、自分なりの新しい一歩が始まります。



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