やりすぎだと言われる。それでも、やめられない

0代男性が自宅ソファでリラックスして、穏やかな疲労を癒やす、温かい光とイラストタッチのアイキャッチ。 休職リカバリー

朝から筋トレをして、散歩に行って、パソコンで作業をして。
友人と過ごす時間もあったし、応援しているチームのことを追いかけたりもしていました。

そんな一日を終えた夜、「今日は疲れた」と何気なく話すと、返ってくるのはいつも同じ言葉でした。

「そりゃそうでしょう。やりすぎだもん」

「やりすぎ」と言われる、いつもの一日

自宅のダイニングで考え事をする40代男性の後ろ姿。無理をしている自分に気づく内省的な瞬間を描いたイラスト。

休職する前は、自ら進んで土日も仕事をしていました。
仕事自体は前向きな気持ちでやっていたつもりです。
ですが、正直、今思うとそこまでポジティブに向き合えていたわけではなかったかもしれません。

プライベートでも、やりたいことがたくさんあって、詰め込みすぎていました。

そうやって過ごした一日の終わりに、ぐったりしている自分を見て、身近な人からは「それはそうだよね、やりすぎだよね」という言葉をもらっていました

できないと思われたくない

やめられない理由を突き詰めると、二つあります。

ひとつは、なりたい自分、達成したい目標への憧れが強すぎたこと
かっこよくいたいし、仕事もできる人でいたい。家族の生活も、もっと充実させたい。
そんな思いがありました。

もうひとつは、「仕事ができないよね」「かっこ悪いよね」と思われたくない、という気持ちです。
もともと、周りの目を気にしてしまう性格で、そういう評価に強く反応してしまっていたのだと思います

仕事でも、考えなくていいことまで考えてしまい、コントロールできなくなっている感覚がありました。

無理をしていない、と思っていた

無理をしていたと、本当に気づいたのは、休職したときでした。

振り返ってみると、当時は部署が変わったばかりで、なりたい自分との距離が、あまりに遠く感じられていました。休みの日も仕事をして、家に帰ってからも仕事をして。

慣れない仕事も多く、時間をかけないと終わらない感覚がありました。
もし要領がわかっていれば、資料作成ももっと早く終えられたのかもしれません。
ただ、苦手な分野も多くて、一生懸命になりすぎてしまったのだと思います。

急ぐ必要は、実はなかったのかもしれません。
それに、本当にその目標がやりたかったことなのか、いまとなっては分からないところもあります。

休職してから、力を抜けるようになった

休職をきっかけに、少しずつペースを落とせるようになりました。

根本的な性格が変わったわけではないので、なんとも言えない部分もあります。
それでも、周りの目を気にしすぎないことは、いまはかなり意識しています。
自分がやりたいことを、まず優先する。
そのバランスを、もっと早く大事にしてもよかったのかもしれません。

この点は、いまも反省しながら、少しずつできるようになってきたところです。

まとめ

なりたい自分への憧れは、いまも消えていません。

ただ、休職する前のように、とにかく頑張るということはなくなりました。
いまは、本当にやりたいことを二つだけに絞っています。
出世のようなものは、その中に入っていません。

なくなったわけではなく、何でも追いかけすぎないようにしよう、という考え方に変わったところです。
全部を追いかけるのは、時間的にも体力的にも、もう無理があります。

逆に言えば、こうなったからこそ、残りの人生でやりたいことがしっかり固まった、とも感じています。
それ以外をしないわけではありませんが、追い求めすぎないようにする。
もちろん気になってしまうこともありますが、そこで自分に歯止めをかける。
いまは、そんな向き合い方をしています。

貯金が減っていくことへの不安との付き合い方は、こちらの記事にも書いています。
波があることに気づいてから、調子のいいときこそ余白を残すようにしている話は、こちらの記事にも書きました。

無理のない範囲で、自分に合ったペースを見つけてもらえたらと思います。

※この記事は、わたし個人の経験の記録です。無理との向き合い方は人それぞれ違います。ご自身に合ったバランスを、焦らず見つけてください。

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