会社を休んで、2か月あまり。
「休職中に遊んでいいのか」。
ずっと、頭のどこかにあった問いです。
これは、誰かに「遊んでいいですよ」と言ってもらうための記事ではありません。
自分なりの基準はできてきた。
それでも、消えない気持ちがある。
その両方を、正直に書いておきます。
最初の1ヶ月は、遊びたいとすら思わなかった

休職して最初の1か月、どこかに行きたい、遊びたい、という気持ちは、そもそもありませんでした。
そう感じる余裕すらなく、自分の体調と向き合うことに、気持ちのすべてが向いていました。
少し落ち着いてきて、周りが見えるようになった
時間がたつにつれて、少しずつ落ち着いてきました。
休んでいて、ずっと家にいるだけの時間が、もったいなく感じられる瞬間も出てきます。
今しかできないことを、できる範囲で。
そう考えていたころ、ちょうどワールドカップが始まりました。
もともとスポーツが好きなので、試合を見ていると、少し気が紛れる感覚がありました。
家で見る分には、そこまで後ろめたくなかった
休職しはじめのころは、仕事に行っていないというだけで、気持ちが後ろ向きになっていました。
かなり気にしていたと思います。
それでも、日がたって少し落ち着いてくると、「そこまで気にしなくてもいいだろう」という気持ちに変わっていきました。
家で試合を見ているあいだは気が紛れたし、強い後ろめたさはなく、自分を休ませる時間として過ごせました。
近くの練習を見に行った時は、後ろめたかった
ちょうど地元のプロサッカーチームが、札幌で練習をしている時期でした。
この時期にしか見られないことでもあり、平日なら人も少なく、落ち着いて見られます。
ただ、実際に見に行くかどうかは、かなり悩みました。
仕事をしていない中で、家族はどう思うだろうか。
会社に対しても、多少の後ろめたさはありました。
とくに家族に対しては、自分は今何もしていない、という思いがあったぶん、後ろめたさが強かったと思います。
それでも、あまり気にしすぎると体調も良くならないし、やりたいこともできなくなる。
そこは割り切って行く、という選択をしました。もちろん、あちこち出歩いていたわけではありません。
何もしないこと全般への後ろめたさは、こちらの記事に書いています。
「遊んではいけない」とは思っていない
正直なところ、遊んではいけない、という気持ちは基本的にありません。
自分の時間をどう使うかは、周りが制限できるものではない。
それは会社に所属しているかどうかに関係なく、その人の時間は、その人のもの、という考え方です。
会社の規約に従って休み、規約に従って手当を受け取っている。
それ自体は、後ろめたさを感じるべき行動ではないと思っています。
ただ、自然に動きたくなるまで待つ
無理に動くと、体に反動がきます。
少し症状が落ち着いてくると、「今しかできないことをやろう」「ずっと行きたかった場所に行ってみよう」と、自然に考えるようになるものです。
ただ、そこで無理に予定を詰め込んで疲れてしまうと、その反動は必ず体調に出ます。
自分の場合はそうでした。
無理に動くのではなく、自然と「これをやりたい」と体が動くタイミングまで、しっかり休むこと。
それが大事なんだと思います。
遊びにも、していい遊びとそうでない遊びがある
散策、静かなカフェでの読書、家庭菜園のような、刺激の多くない遊びは、していいと思っています。
反対に、海外旅行のような刺激の多いものや、お金のかかる遊びは、自分の場合はなるべく避けるようにしています。
休職中はお金が入ってくる量が減り、先々への不安も出てきます。
日程を自分で決めて動くだけでも、体力を使うものです。
楽しいかもしれませんが、疲れも大きい。
絶対にだめ、という話ではありません。
そこは、その人の体調と考え方しだいだと思います。
会社に在籍しているあいだは、それなりの配慮がいる
自分が休んでいるあいだ、代わりに仕事をしてくれている人がいます。
家族も、自分のことを気にかけてくれている。
そういう状況がある以上、自分ひとりが休みを謳歌するわけにはいきません。
休んでいるあいだ代わりに働いてくれている人が、自分のSNSで旅行の様子を見たら、その後の関係に影響することもあります。
そうした配慮は、必要だと思っています。
よほど親しい人でない限り、同僚には会わない
この先、職場に戻るにしても、転職するにしても、人間関係は大事です。
最低限のつながりは、残しておいたほうがいい。
ただ、遊んでいる様子が見えてしまうのは避けたい。
また、仕事を連想させるような場所や人には、自分の体調を気遣って、なるべく会わないようにしています。
給与が下がることも、頭に入れておく
休職中は、給与が下がります。
来月には治るだろうと思っていても、体調不良が長引く可能性もある。
そこは、頭に入れておくべきだと思います。
だからこそ、お金は大事に使うべきです。
住民税の支払いなども含めて、収支を考えたうえで計画的に使うこと。
お金がなくなると焦りが出て、治るものも治りにくくなります。
白か黒かでは、語れない
ここまで考えてきて思うのは、白か黒か、ゼロか百かでは語れない、ということです。
結論としては、遊んでもいいと思っています。
私は自分なりの基準も明確にしました。
それでも、その基準の中で実際に遊んでも、後ろめたさそのものは消えません。
基準ができたからといって、気持ちが晴れて、遊ぶことに集中できるわけではない。
今、遊びに行ったとしても、たぶん後ろめたさは残ると思います。
その感情とは、これからも付き合っていくしかないのだと思っています。
無理のない範囲で、しんどい日は休んでください。
つらさが続くようなら、主治医に相談してください。
※この記事は、わたし個人の経験の記録です。気持ちの整理のしかたは人それぞれ違います。つらさが続く場合は、主治医や専門の窓口に相談してください。



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